大蔵省金融企画局企画課内 金融審議会事務局御中
金融審議会第二部会による、保険会社のリスク管理の在り方と
倒産法制の整備についての「中間取りまとめ」について(意見)
金融ビッグバンを踏まえた新保険業法のもとでは、保険会社のリスク管理体制の充実と倒産法制の整備は必要不可欠のものであり、また昨今の業界事情を考えますと、これらは真に急を要するものであると認識しております。したがって当件への関係者の精力的な取り組みに対して、まず深く敬意を表する次第です。
そこでホームページでの標記の「中間取りまとめ」に関する意見公募に応じて、営業譲渡や破綻処理の際での契約持分の取扱などの価格問題に限定して、新聞報道などで得た情報をもとに以下のとおり意見を申し述べます。審議の資料として利用頂くことでお役に立てれば幸甚に存じます。
偶発的事故による経済的損失を取り扱う保険では、保険群団のなかで各契約の公正・衡平な処遇が特に重要になる。そのため契約移転においては、必ず「包括」と言った言葉が添えられる。これは移転の対象契約として「リスクの良いとこ取り」は許さない趣旨でもある。
昨今の生保経営での最大の障害は、未曾有の低金利下での既契約の逆鞘問題である。そして最近では、状況は違うが終戦直後の新会社設立時の手法と同じように、保険事業のうち販売業務を他に営業譲渡して既存会社は既契約(逆鞘原因)の保有会社になるケースが見られる。これが東邦生命の破綻を早めたと見る向きがあることから、標記の「中間取りまとめ」においても、保険群団性の本来趣旨および包括移転に関する条文解釈との関係で、これら(業務の一部譲渡や譲渡価格、その際の契約者保護)を如何に考えるかについて言及すべきである。
責任準備金は保険契約に係る将来債務を保険会社の負債として評価するものであり、約定の給付が今後とも継続できるかとうかの視点、つまり継続基準で保守的に推計した基礎率を用いて将来法で計算される。一方、解約や自殺免責等の際での返戻金は契約持分(保険料中には将来の給付のために留保すべき部分があり、その累計額は一種の契約持分と言える。)についての返還金の一種であり過去法の計算式で算出される。
両者は、計算式が似ていることと計算値が一致したことから、従来これらを峻別して理解する者が少なく名称においても曖昧であった。これは安定した経営環境の下では、保険料の計算で用いる基礎率と責任準備金の計算で用いる基礎率の区別がなく、解約返戻金のとき以外には契約持分の概念を特別に取り上げて議論することがなかったことが原因である(注1)。
しかし元々両者は別のものである。現在は保険料と責任準備金の基礎率は別のものと考えざるをえない状況にあり、そのため将来法と過去法による計算値も一致しないことから、現実の問題としても両者は峻別して捉えねばならない。そして今回の検討での中心課題が、従来からあった責任準備金規制を含むリスク管理を充実することに加えて、営業譲渡や破綻処理の際における契約者持分の取り扱いという新たな問題であり、この峻別がなければ議論の混乱を招くことになる。
保険制度が破綻した場合、支払保証制度を含むルールによって契約者保護がなされることになるが、そのルール作りに当たっては、先ず「破綻後も元の契約内容をそのまま継続するのか何らかの基準で減額するのか」を明解にしなければならない。つまり「保証されるもの」の内容であるが、残念ながら現在のものは、“ルール”と呼ぶには合理性、納得性そして透明性の面で不十分と言わざるをえない(注2)。
先ずこれを明解にして、それを前提にして早期是正措置のあり方が検討される手順である。これらに平常時の責任準備金規制を含む内部統制や行政モニタリングが併せて機能することで、全体整合的なリスク管理体制が構築されることになる。
なお「保証されるもの」については、支払保証制度の趣旨およびコスト負担の在り方を考え必要最小限に止めるべきとするのが、私の意見である(注3)。
超長期の生命保険では、契約時には予期しない“事情の変更”を原因とした契約の中断が起こり得る。中断の一つは契約者サイドからの申し出による解約であり、もう一つが保険制度の破綻である。それぞれの場合の返還金または契約者価格は、共に契約持分に係る不没収価格と位置づけられる。
いずれの不没収価格に対しても契約者保護の観点から何らかの規制が必要であり、解約返戻金に対してはすでに最低規制がある。また破綻の場合の契約者価格に対しては、今回のリスク管理体制の充実と倒産法制の整備の根底にある支払保証制度による「保証されるもの」がこれにあたる。
なお破綻のときであっても契約者からの解約権は基本的には制限すべきでなく、それが可能となる処理ルールが望まれる(注4)。
早期是正措置の趣旨は、破綻に関して黄色信号が出た場合に経営を早期に是正することで、破綻を防止または破綻処理に係る契約者と関係者のコスト負担を最小にすることにある。したがって早期是正措置の発動は、決算での評価方式に加えて破綻処理ルールを念頭に置いたものなければならない。したがって資産と負債の両サイドでの評価方式は、毎年決算でのベースとなっている継続基準だけでなく清算基準も視野に入れることになる。また早期是正措置については、年に一回ではなく常時発動できる体制でなければならない(注5)。
保険会社の資産自体については、金融資産としては銀行等の場合と同質であり一面では特別の配慮が不要とも言える。しかし負債(保険契約上の債務)との対応関係を考えると、また日産や東邦での破綻の主因が不良債権と逆鞘(長期の保証利率に見合った資産でないことから起こった現象)であったことからも、金融資産の通常チェックポイントに加えて生保独自の観点からのチェックが必要である。
今回の検討の目的は、自由化を促進するなかで破綻が起こった際の契約者および関係者の負担を最小に止めることである。以上で述べた趣旨を最大限に反映してリスク管理の充実と倒産法制の整備をはかっても、処理期間中およびその前後での資産サイドおよび負債サイド(保険群団)の劣化による損失の発生は免れえない。私は、制度の趣旨から関係者(支払保証制度または国民)の費用負担はこの劣化による損失部分に止めるべきであると考える。
その趣旨から「保証されるもの」は、「実際の保険料を用いて過去法によって計算した契約持分額を財源として、破綻時の標準的基礎率を用いて将来保障しうる保険金額を再計算すること」を提案する。
日産生命や東邦生命の実際の処理事例もこの考え方で一応の説明がつくが、問題となるのが契約持分額の具体的な評価方法である。これは一種の「決めごと」であり、解約返戻金の最低規制水準と同等以上であり責任準備金以下の範囲で定めうるが、言うまでもなくオープンかつ明解にしておくべきである。一例として「過去法による平準純保険料式の持分計算値から一定額を控除したもの(ただし、解約返戻金の最低規制額以上とする)」はどうだろうか。
(注1)責任準備金および契約持分の計算式の基本は、
(責任準備金)=(将来給付支出の現在価値)−(将来保険料収入の現在価値)
(契約持分)=(過去保険料収入の現在価値)−(過去給付支出の現在価値)
である。残念ながら現在ある保険数学の入門書の多くは、責任準備金と契約持分の概念の区別を特に意識することなく、二つとも責任準備金の計算式(前者は将来法、後者は過去法)であるとし、「これらの値は一定の条件が満たされるとき一致する」と解説するに止まっている。
(注2)支払保証制度により「保証されるもの」のあり方および類似または関連する他の概念との関係のについては、拙文「『保険者が交替するときの不没収価格』の確立」(雑誌「生命保険経営」第
現在「保証されるもの」の基準額は「責任準備金の9割(または全額)」となっているが、いかに「決めごと」とは言え、過去法で評価されるべきものが将来法による責任準備金を基準とすること自体から不自然である。また、解約返戻金との大小関係(解約返戻金≦「保証されるもの」)が保てないことも問題である。
(注3)いかにディスクロージャーを充実しても、何十年も先に起こる破綻について生命保険の契約者に判断させるのはナンセンスであり、これに関して自己責任を問うのは無謀と考える。だからこそ官民合わせたリスク管理体制の充実が重要なのである。「支払保証制度による保証を最小限に止めるべき」との私の意見は、契約者の自己責任を問うているのではなく、あくまでも制度の趣旨とコスト負担の在り方を考え合わせた結果である。
(注4)超長期の保険契約においては期間途中での契約者サイドの事情変更は避けら
れない。その場合、経済的な弱者ほど契約を解約せざるを得ない弱い立場にあり、解約返戻金が支払われないと不当に不利益を被ることになる。生命保険の内外の歴史は、これらの者を保護する必要性を帰納的に証明しており、現在では多くの国において解約返戻金についての最低規制がある。なお破綻のときであっても解約権保護の必要性は変わらない。
(注5)毎年決算での責任準備金は、我が国ではそれが監督会計であっても継続基準
の色彩が濃い。一方「保証されるもの」は契約持分概念をベースにするものであり、これは営業譲渡や再建も念頭に置いた一種の清算基準の発想に立つものである。したがって本質を簡明に表現するため、ここでは誤解を恐れず「継続基準」「清算基準」とした。ソルベンシー・マージン等の早期是正の発動基準には、これら二つの評価基準が折り込まれることになる。
なお負債だけでなく資産の評価問題においても、「時価だ、簿価だ」との議論より「継続基準」と「清算基準」で分類して議論する方がより本質的であると考える。
平成
12年1月6日横浜市青葉区美しが丘
岡本量太
私は生保系の損保会社に所属するアクチュアリーですが、以上の意見は私個人のものであり所属等とは何ら関係ありません。